焚吐

シャボン王子と無間地獄 – 焚吐

昔々のお話 某国の王子は気付いた
「どうやら僕の瞳は他人とは少し勝手が違うようだ」
いつからか家臣の声も民衆の声もお父様の声も
色の付いたシャボン玉となって彼の視界を埋めた

喜びはピンク色 嘘をつけばすぐに濁った
隠れて悪事を働く不届き者も一目で分かった
「ああ この力さえあれば全部安泰だ」 そう確信したんだ
人々は彼を“シャボン王子”と呼んだ

ふわふわふわふわり… 絵本の中みたいな光景
ぱちぱちぱちぱちり… 舞踏場のシャンデリアよりきれい

「これはきっとさ 神様から見初められた証明
この国を守っていく そのために生まれてきた
どうせならさ 心の声も見えたならいいのに」
それを聞いた神様は気まぐれに願いを叶えた

市場を見回り中 痩せぎすの青年と出会った
自殺願望が真っ黒いシャボン玉となって空を覆っていた
「僕が来たからにはもう大丈夫だぞ」 そう言って肩を叩いて
思えばそれが歯車を狂わせた瞬間だった

初対面の男に心を見透かされた羞恥
何より期待という無邪気な重圧に耐えられるわけなく
青年は力一杯舌を噛み切り その場で死んでしまった
どこからか甲高い悲鳴が聞こえた

“人殺し”と石を投げられても投げ出せぬ職務と罪悪感
時を待たず酒に溺れ 自己と他己の境失くす毎夜
「目に映るもの全て 鏡の前じゃ僕も例に漏れず敵なんだ」って
そう言い残しとうとう気が触れた

数年前の栄光が嘘みたいな地下牢で
「一族の恥」と 「産まなきゃよかった」と
蔑む声も彼の耳にはもう届かない

もはや息するだけの屍を持て余していたところ こう呟く
「神よ 全てお前のせいだ」
ひどく血走った両目で空を睨み付ける

神様はこう返した 「調子に乗んな」って
「俺の読みが間違ってたっていうのか
それならばお望み通り“行き過ぎた力”を無くして進ぜよう

土へ還れ、命諸共 こんな恩知らずなだけの失敗作
天国にも地獄にさえも行けるなんて思うなよ
さあ、これで全部おしまい」

所詮彼が消えたところで 訪れる平和も巨悪もなかった
この世界に何も与えられなかった さながら初めから居なかったかのように
これから彼はあの日の過ちを省みることも償うことも
自分勝手に泣くことも到底許されず
“無”という無間地獄の中で永久に彷徨い続けるのだ
めでたしめでたし…

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