橘いずみ

十字架とコイン – 橘いずみ

向こう岸も見えぬ大きな河のそば
ユキは生まれた貧しさの中
弟おんぶして子守歌歌った
母によく似た元気な声
五歳の誕生日 熱湯足にかぶり
ひどい火傷が心をふさぎ
笑うことを忘れ祈ることに疲れ
星を数えて ひとりぼっち

いびつで歪んだまあるい月
満ちたり欠けたり人を惑わせ
どっしり重たい荷物を持たされ
坂道のぼっていくのはたくさん

Woh
神を憎んで泣いて暮して
ミルクの空き瓶にいつも花を活けて
ユキは見上げる大きな空

朝焼けがきらめく五月の夜明け前
カズは生まれた天使のように
緑の風を受け 紙のこいのぼりが
狭いベランダ泳いでいた
ポンコツの車で街を変わるたびに
友をなくして父を恨んだ
十五で家を捨て鞄ひとつ抱いて
夜汽車に揺られ ひとりぼっち

アヒルの水かきみたいな腕
すすけた顔とボロボロのジャンパー
ありふれた道を行ったり来たりで
乾いた時代の砂利にはならない

Woh
固いパンくず噛って吠えた
ポケットいっぱいに小銭を鳴らしては
カズは見上げる大きな空

「いつかは海を越えて遠くへ行きたいな
もっともっと遠くへ行きたいな
憧れをなくしちゃいけないから
ずっと憧れを持ち続けるんだ
憧れることをやめたらおしまいだから
だからもっと楽しく もっと人と出会って
もっときれいな服 もっといい暮らし
もっとお金持ちに そしてもっともっと大きな家
人生に成功するんだ
もっともっと幸せな自分になるんだ
だから いつか いつか 遠くへ行きたいな」

「何にも面白くない 何にも楽しくない
何笑ってんだよ やめろよ おかしくなんかない
余計なおせっかいはやめろよ
ひとりでいたいんだよ ほっといてくれ
余計なおせっかいだよ ほっといてくれよ
ほっといてくれよ」

これがお守りだよ死ぬまで離さずに
銀の鎖つきの あの人の十字架
私を守るどんな時にも
ちっぽけな名誉や虚勢や見栄やウソ
汚れたものを照らしている
くすぶり燃えている命の切れ端を
金の炎に変えるものなら
財産でもなくて 学歴でもなくて
愛することと愛されること

油にまみれて働くだけ
汗かき恥かき頑張るだけだよ
夢を追いかけた者だけが勝つ
乾いた時代の砂利にはならない

Woh
冷たい風に顔をふせても
向こう岸も見えぬ大きな河のそば
私見上げる果てしない空
果てしない空

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