工藤順子

  • 幸せの猫 – 工藤順子

    週末が来るたびに 彼女は華やいだ私を抱き上げて 彼を待ちながら「kis macska 世界一 素敵な仔猫」ってくしゃみが出るまで 頬ずりをする足取りは ステップに囁きは メロディーに小さな部屋に 夕暮れはいつでも 優しかった 階段を軋ませる 靴音がすると私を肩に載せ チェーンを外した「kis macska 御機嫌よう 可愛いおヒゲ」ってその人は恭しく 挨拶をするストーブは 赤く燃えケトルから 白い…

  • 雨やどりの木 – 工藤順子

    雨やどりの木雨が降ったらみんなあの木をめざして走る 雨やどりの木雨が降ったら葉が打ち鳴らす歓びの歌 翼持つ者 顔を埋め角を持つ者 飛沫落として私は言葉 忘れてしまうこの枝に抱かれてこの枝に抱かれて 雨やどりの木雨が止んだら光を乗せた雫の木の実 雨やどりの木雨が止んだらみんな出てゆく虹をくぐって 鱗持つ者 陽射し集め尻尾持つ者 大きく立てて私は帽子 被り直してもう振り返らないもう振り返らない 瞳持つ…

  • トタン屋根のワルツ – 工藤順子

    やけてジリジリ トタン屋根どろぼう猫 足があついよ前足上げて 後(うしろ)足けってピコン パコン ペコン 今日も仕事に あぶれてはしょんぼりの 貧乏楽士おや 屋根の上 ダンスがお上手私が伴奏つけてあげましょ くたびれ楽士の くたびれヴァイオリン屋根に向って おじぎをひとつそれでは ワタクシ 得意の曲をTururi rari raree 何か盗みに ゆかなくちゃどろぼう猫 腹ペコだけど困ったこれじゃ…

  • 月下家族 – 工藤順子

    夜に隠れてやって来る 緋色のサンダル長い裾砂色ショール靡かせて 彼女は家族に逢いに空地へ急ぐ(三毛猫 トラ猫 親猫 子猫 白 黒 シャム ペルシャ) 焼跡の町駆け抜けた 遠いあの日の同胞(とも)達が孫と食卓囲む頃 彼女は両手に重いビニール袋(猫缶 カリカリ カニかま 煮干 燗冷牛乳) 夜空の天井 満月の電灯空地の床には 枯草のマクラメほんの一時 身を寄せ合って月下に集う 彼女の家族 ピアノの先生だ…

  • 鳩おとこ – 工藤順子

    毎日あの男 ベンチに体うずめて鳩達にパン屑を ばらまいていつだって御機嫌で ゆらゆら赤い顔して足下にカップ酒 転がして 目は開けているのか 夢を見ているのか何が嬉しいんだか なんにも判らないのか この頃見かけない ベンチは恋人だらけ芝生には過ぎてゆく 夏の風何を食ってるんだか どこで寝てるんだか酔い潰れてるのか 呑気に笑ってるのか だからって町は 何も変わりやしないけど景色の隅の 一かけら欠けたく…

  • 夕暮れ商店街 – 工藤順子

    鎖の 先っぽで 飼い犬は野良犬の 足取りを 見ている秋の 夕暮れ時茜に 染まった 後ろ姿が小さく 見えなく なってゆく 青バケツ からっぽで 野良犬は飼い犬の アルミ皿 思い出す秋の 夕暮れ時灯 点して 商店街は自転車 呼び声 書き入れ時 靴音に 耳を立て 飼い犬は少年の 帰りを 待っている秋の 夕暮れ時通りを 抜けたら 川沿いの道までグローブ 口笛 散歩の時間 暖簾が 揚がる頃 野良犬はいつもの…

  • 砂漠とダージリン – 工藤順子

    ミスター 今日は朝から 雨ですねミスター 赤い傘で お散歩ですか?両手伸ばして 草達が キラキラと嬉しそうしゃがみ込んでは それを見ている 貴方も嬉しそう ミスター 今年も貴方の トマトはミスター 虫がみんな 食べたんでしょう?それでもいつも 笑ってばかり 無精ヒゲなでながらそして不思議ね 種はやっぱり ポケットいっぱい ミスター お茶を飲みながらやっと 雨の上がった庭でミスター 砂漠に行く話もっ…

  • 退屈な森 – 工藤順子

    恋など知らずにいた 遠い夏 細い棘他人(ひと)の心が 平気で読めた 見つめるだけですべては思いどおり 退屈だけの森 時はうねりながら 長い川を下る濡れたままの二人 砂に残したままそして見つめ合った 白い光の中あの子の心だけ 私の物じゃない 窓辺に寝転がって 永い夜 浅い息ナイフみたいな 月と遊んだ 蒼い小指で普通の理想(ゆめ)をみたら 普通の人になる 胸は熱く躍り 嘘が下手になると舌の先を離れ 逃…

  • 夏の鈴 – 工藤順子

    白い 日傘くるり蒼い 影がくねり汗と 目眩の中よどむ…風が かすむ…時が あの木陰まで ゆけばあの木陰まで ゆけば だけど歩けば 歩くほど遠ざかってゆく ゆらゆらと 鈴の音が… チ・リ・リどこか遠く… チ・リ・リ 教えてやろうか その道は堂々巡りの 狐道 謳え 砕けるまで蝉の 銀の羽根よ足の 下はいつも抜け殻達の 作る道よ 灼けた土は 続く灼けた土は 続く だけどこの足 痛みなど感じた事など あり…

  • レイゾウコ – 工藤順子

    怠惰な私の 冷蔵庫見るのも恐怖 賞味期限今日こそ断固 整理せんと夕立眺め 意を決す 遠くで落雷 3秒の停電 青い化学反応野菜室にて 生まれし生命 ゆっくり目を開ける腕を捲って 扉を開けた 私と視線(め)を合わす 怠惰な私と 冷蔵庫守るべきは 賞味期限産み落とせし 罪無き生命か弱き肩に 重からん 肌は段だら マーブル模様 アメフラシにも似て人参、玉葱 春菊、納豆 バーコードも混じる小さな咳で 吐き出…

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