山本正之

アフロディテを海に残して – 山本正之

夕日を抱えた ビルが好きだ
ビルを包んだ この街が好きだ
街を流れる 人々が好きだ
人々に漂う 倖せが好きだ

いくつもに別れた 心の部屋の
扉を開けて 同じにすれば
ともだちのことも 自分のことも
憂いも楽も いつかとけてゆく

おれもおまえも あこがれの水夫
訣れした時代 はるかな海に残して
ワン トゥー ワン トゥー オールを回せば
船は洋々 水を分けて ワン トゥー

古いピアノフォルテの 上で鳴くメトロノーム
たった一度の せつない調べ
毎日を毎夜を 崩してみれば
ビスもダルセニオも 悲しいしくみ

童話をしたためた 木箱のオルゴール
閉じてかくした 坂道の秘密
やがて髪を染め 爪を染め肌を染め
ふくらむ少女の 指だけは白く

おれもおまえも 黎明のサピエンス
めぐりみた季節 はるかな海に残して
ウーノ ドゥーエ ウーノ ドゥーエ 海流を回せば
船は浪々 波を切って ウーノ ドゥーエ

すもものような 若いほほのままで
仔リスのような 速い動きのままで
ルビーの色のような 厚い情けのままで
シリウスのような 強い光のままで

腕にまつわる 時計を捨ててみて
気持ちにまきつく 衣服脱いでみて
耳にかたまる 憎悪を消してみて
かかとに凍る 老いを受けてみて

おれもおまえも かたことの歴史
ちりばめた場面 はるかな海に残して
アジン ドゥバー アジン ドゥバー 地軸を回せば
船は満々 風をはらみ アジン ドゥバー

弓なりの日本と 教えられたけれど
球い世界と 決められたけれど
地図に書きこまれた いくつもの川が
形のはかなさを 伝えてくれる

昨日こそ昔に 沈むのはよそう
今日こそ昨日に 慣れるのはよそう
明日こそ今日に 壊れるのはよそう
未来こそ明日に 願うのはよそう

おれもおまえも 来たる世のソルジャー
やすらいだ眠り はるかな海に残して
イー アール イー アール 大気を回せば
船は隆々 翼をそろえ イー アール

少しだけ先を 進む人がほしい
とぼとぼ後を ついて来る人がほしい
むつかしい文句で 悩ます人がほしい
たやすい動機で 結ばれる人がほしい

運命というほど 偉いものでなく
宿命というほど 重いものでなく
天命というほど 遠いものでなく
人命というほど 辛いものでなく

おれもおまえも さすらいの雄途
うずめいた宝 はるかな海に残して
エーク ドー エーク ドー 星座を回せば
船は遠々 地球を離れ エーク ドー

一日に一秒 見つめられたらいい
一年に一歩 ともに歩けばいい
一生に一瞬 抱きしめられたらいい
一人に刹那 すべて渡せたらいい

おまえの息が おれに聞こえる
おまえの汗が おれには解かる
おまえの涙に ほおずりしよう
おまえの苦しみを 飲みほしてやろう

おれもおまえも 煌めきの無限
死に向いた意識 はるかな海に残して
アインス ツバイン アインス ツバイン 銀河を回せば
船は上々 軌道に乗って アインス ツバイン

あざやかな大地に 産まれてきたし
さわやかな風に 育まれてきたし
成高い太陽に 護られているし
永遠の時間に 生を託しているし

つづれおりの階段 ひとつずつ昇りゆき
決してふり向くな 喜びのオルフェウス
あとに残すものは ひとつだけが美しい
この世に手を振る それぞれのアフロディテ

おれもおまえも 太陽のフライバイ
生きぬいた命 はるかな海に残して
ワーヒッド イトゥニン ワーヒッド イトゥニン 宇宙を回せば
船は深々 果てを超えて ワーヒッド イトゥニン

おれもおまえも あこがれの水夫
別れした時代 はるかな海に残して
イチ ニー イチ ニー ALLを回せば
船は洋々 真芯に溶けて イチ ニー

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